月経との関わり方

女性アスリート、女性アスリートのコーチなら、誰でも一度は悩むことになるのが「月経」についてだろうと思います。
特に男性コーチの場合は、自身で体験出来ないことなので困惑することも多々あるでしょう。

  • 月経不順はどう身体に良くないのか?
  • 生理期間中のトレーニングはどうするか?
  • 試合とぶつかってしまったらどうしよう?

など、様々な壁にぶち当たります。
私もそうでした。

1、月経は定期的にあることが理想

まず、健康への影響から振り返ってみます。
私が女子選手の練習を見始めたのは90年代のことです。
日本ではまだ「無月経による健康への影響」が周知されていませんでした。
「激しい運動をしていれば無月経になるのは当然」と考えている指導者が数多くいたのです。
無月経が続くことは更年期障害と似た状態になるということですから、精神面への影響もありますし、骨粗しょう症にもなりやすい。
アスリートであれば疲労骨折や、ストレスからくる摂食障害などの原因になりかねません。
こうしたことを知らないまま競技を続ける選手が多かった時代でした。
私自身も「ずっと生理が来ないのは身体に良くない」程度の認識でした。
アスリートなら多少の月経不順は仕方ないだろう…とも思っていました。
今にして思えば、選手の小さなケガや、メンタル面での問題は月経不順が原因だったのかもしれません。
どれほどのトレーニングをしている選手であっても月経は定期的にあるべきだ。
それが今の私の考えです。

問題なのは、無月経が身体に様々な影響を及ぼすことを知りながら、それでも「アスリートなのだから仕方ない」と考えているコーチが今もなおいることです。
(女子選手の月経周期について全く無頓着なコーチも見かけますが、これはもう論外です)
無月経の原因として広く知られているのは体脂肪率の低下によるものです。
確かに、本格的なトレーニングを継続をすれば体脂肪は減ります。
そして無月経になったとしても、トレーニングを休止し脂肪が増えてくると自然と月経は戻ってきます。
ではトレーニングをしながら正常な月経周期を維持することは出来ないのでしょうか?
この疑問への解答をマラソン世界記録保持者のポーラ・ラドクリフが著書「HOW TO RUN」で述べています。
生理が始まるには体脂肪が15~17%は必要だと主張する栄養士もいますが、私は体脂肪12~13%程度できちんと生理があります。その理由を解く新しい考えかたは、重要なのは体脂肪の絶対量ではなく、カロリーバランスだとするものです。
激しい運動をしていながら必要最低限のカロリーしか摂取していないと、破壊された骨や筋肉の修復が間に合わなくなります。
その状態が長く続くとホルモンバランスにも影響するというのです。
そしてラドクリフ自身、人生で生理が止まったのは2度だけ。
一人暮らしを始めた学生の頃と北京五輪の後の2度で、どちらも過度なトレーニングではなく、ストレスが原因だったと振り返っています。
私が関わってきた選手の中にも、元々細身でしたが生理は定期的に来ている人がいました。
重要なことは、ラドクリフが言うように、アスリートとして必要な栄養素とカロリーを摂取できているかということにあるようです。
特に長距離選手は「痩せている方が有利」と考えがちで、食事の量そのものを減らす傾向がありますが、体脂肪もアスリートに必要な栄養素です。
たくさん走るならたくさん食べなければならない…それが鉄則ではないでしょうか。
人によりベストな数値は変わるでしょうが、通常は最低12%を目安に維持しておくことが望ましいと言えそうです。

では生理の間、またその前後のトレーニングや試合はどうしたら良いのでしょう?
以下、考察してみます。

2、生理中のトレーニングは?

生理になっている間、女性の身体は出産時と同じような状態になります。
骨盤が広くなり関節が柔らかくなるのです。
これがパフォーマンスに影響する人がいます。
特に陸上や水泳などで0.01秒を競うレベルにいる人は、少しの違いでも大きく感じるはずです。
「動きがおかしい」とマイナスに感じる人もいれば、「いつもより動きやすい」と感じることもあるようです。
先ほど紹介したラドクリフは恐らく後者のタイプです。
彼女がシカゴマラソンで世界記録を出したのは生理が始まった日だったそうです。

生理中に柔らかくなった関節は、生理が終われば元に戻ります。
これは私の推測にすぎないのですが、緩くなった関節が元に戻ることが、生理後のパフォーマンスに影響を及ぼすケースがあるのではないかと思うのです。
生理前と生理中の栄養管理や睡眠が充分であっても、生理後にだるさが残る人がいます。
これだけが原因とは思いませんが、だるさの理由のひとつなのかも知れない。
だとすれば、生理中と生理後のトレーニングは「動きを感知しにくいもの」が理想なのかもしれないと考えるようになりました。
競技の動きをトレーニングに入れてしまうと、選手は普段との違いに敏感になります。
ウェイトトレーニングや体幹トレーニング、水泳選手ならランニングなど、競技の動きとかけ離れた動作をメインにトレーニングを行うことが望ましいのではないでしょうか。

生理痛がひどい場合はトレーニングを休むのが理想です。
大会であっても、理想は棄権することです。
運が悪かったと諦められるくらいが運動としては健康的で良いと思うのですが、目標とする場所があって、日々トレーニングを頑張っている人ならそうもいきません。
目標としてきた大舞台で「棄権」を選択することは難しいでしょう。

3、試合と重なったらどうするか?

生理中と試合が重なってしまったら?
生理とその前後で体調が極端に悪くなる人にとってはどうしようもない事態かも知れません。
日常的に出来る対策として、腹部のむくみなど月経前症候群がある人は、水分補給をこまめに行い、塩分や砂糖、香辛料の多い食事を避けることが挙げられます。
生理中は、体内に水分を蓄えようとすることで身体がむくみます。
ここで水分摂取を控えるのではなく、摂取量を増やすことで代謝を上げるようにします。
そして生理痛に悩まされている人はビタミンB6の摂取量を増やすと良いでしょう。

とはいえ、これくらいのことではどうにもならないくらいひどいケースが実際は多いと思います。
先に述べたような関節が柔らかくなることで動きがだるいと感じる人の場合もそうですが、「生理になったら終わり」としか思えない人はどうするべきなのでしょうか?

ひとつの対策として、私なら低用量ピルをお勧めします。
海外では15歳くらいから使用している選手がたくさんいます。
先進国の中で、あまり広まっていないのは日本くらいかもしれません。
低用量ピルを使うには、婦人科を受診し処方してもらわなければなりません。
生理の量を減らしたり、時期をずらすことも可能になりますが、服用以前に定期的に生理が来ていることが前提となります。
「ピル」と聞くとマイナスのイメージを抱く人も多いでしょうが、低用量ピルを使うにも定期的に月経がなければならない。
低用量ピルを使用するリスクと、無月経のリスクを比べたら、私は迷わず低用量ピルをお勧めします。
もちろん、低用量ピルには副作用もあります。
むくんだり体重が増えることもありますので、大きな大会の直前に初めて使うのは避けるべきです。
目標とする大会を仮想して、予行練習をすることをお勧めします。

また、低用量ピルをある一定期間日常的に使用することで、ほとんど生理を気にすることなくトレーニングを継続することが出来るケースもあります。
さらに使用を停止した後も生理の量や痛みが少なくなった例もあって、これは実際に使用していた市川華菜さんの記事「女子アスリートに知っておいてほしいこと 第2回(リンク最終確認:2024年4月27日)に詳しく書かれていますので参考にされると良いかと思います。

4、まとめ

  • 生理は定期的に来ることが大前提
  • 体脂肪率を気にするより、運動量に見合った栄養素、カロリー摂取を心がける
  • 生理中、動きに違和感があるなら競技とは異なる動作のトレーニングを中心に行う
  • 生理痛がひどい時は休むことが理想
  • それでも試合に出たいなら低用量ピルの使用を考える

最後に、本記事で紹介したラドクリフの「HOW TO RUN」は、すべてのランナーにお勧め出来る1冊です。
走り方はもちろん、シューズの選び方、マラソン初級者から上級者までの具体的なメニュー、筋力トレーニングやストレッチの方法、食事と水分補給、さらには乳酸の使い方など、ほとんどすべてのことが詳しく、しかも簡潔に書かれています。
月経だけでなく、出産後の走り方まで教えてくれているので、特に女性ランナーにお勧めします。
月経との関わり方

※この記事は2018年に書いたものを一部修正したものです。


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